黒柴クゥの旅日記(70)

 

キャンプ場の直近を通る

🚴羽咋健民自転車道🚵

   羽咋駅から志賀町三明の間

   1972年に廃線した

   北陸鉄道能登線の跡🚞

   上り下りが少なく初級者でも

   快適にライド出来るんだ👍

を南下して第一の目的地

日蓮宗の北陸本山

📿日蓮宗本山金榮山妙成寺📿

へ!!🚴)))彡

   1294年日蓮の弟子日像上人が開山

   加賀藩前田家の保護により栄え

   利常の生母である寿福院の菩提寺

   となって伽藍整備が進められた

   10棟の重文があり、特に五重塔は

   高さ34mで北陸唯一の木造五重塔

   また、祖師堂・本堂・三光堂が

   横一線に並ぶ~三御堂並列は

   全国唯一の配列で貴重な遺構だ

 

北陸は真宗王国と言われてるけど...

他宗でもこんなに立派な寺院があるんだ🖐

皆で手を合わせ🙏心の平和を祈願したよ

拝観料を払わなければいけないけど💰

その価値はある!と思ったよ👌

 

次に目指すは...

能登で一番有名👀

と言っても過言じゃぁない!

⛩能登國一宮 氣多大社⛩

   主祭神は大己貴命

       (おおなむちのみこと)

   いわゆる大国主命のこと🙏

   縁結び・復縁・開運・病気平癒

   にご利益がある

   本殿背後に広がり一般は立入禁止で

   国指定天然記念物の入らずの森は

   大晦日の神事に宮司が入れるだけの

   秘境となっている

   5棟が重文に指定されている

   万葉集で大伴家持の歌が残るほど

   歴史は古く、ここも前田家から

   厚い保護を受けた👏

 

初詣以外で訪れるのは初めてだ

やはり神域には...心も身体もリセット

してくれるような神聖な空気が流れている

と...感じるのは僕だけだろうか)))🙏

無の心で・・・パン!パン!!

二礼二拍手一礼⛩👏

 

次に立寄るのは~

訪れる人(犬)が少なく

ほとんどスルーしちゃいそうな

寺家遺跡☝☝

   国の史跡

   のと里山海道柳田ICの直近

   日本海沿いの海岸砂丘上に広がる

   大規模な複合祭祀遺跡だ

   縄文時代から室町時代にわたる遺跡

   特に奈良・平安時代の古代において

   気多大社の神事・祭祀と密接に

   関わった拠点とされている

   質の高い出土品があり

   渚(なぎさ)の正倉院

   と称されている重要な遺跡である

 

なのだそうだが...

草っ原に看板がポツンと・・・👀

看板の説明文を読んで悠久の思いに浸り

ました~

 

さてさて~お次は...

寺家遺跡を出てすぐに

猫の目👀✧

という地名があるんだけど..

ここには家が2軒しかなく

夜、明かりが灯ると

暗闇に光る✧猫の目のように見えた

のが地名の由来だそうだよ~

 

寺家遺跡から2㎞位~羽咋川を渡って直ぐ

吉崎・次場遺跡がある

   国の史跡で邑知潟南岸の低地にある

   大規模な弥生時代の集落遺跡だ

   弥生時代前期から後期にかけて

   営なわれた~環濠を備えた集落で

   水耕栽培道具などが多数出土し

   当時の北陸における生産や交易の

   中心地であったことが窺える

   現在は公園として整備されていて

   復元された竪穴建物や高床倉庫など

   を見学できる

きれいに整備されてる遺跡公園だよ

2000年の悠久の時に思いを馳せ

弥生時代には僕らみたいな犬族

居たのかなぁ~?

なんて考えてたよ~

そこで...今は便利なのがあるんだよね👍

AI!

こいつに聞いてみたよ👂

  ✧弥生時代にもペットやパートナー

   として愛された犬は存在したが..

   縄文時代のように狩猟の相棒として

   より番犬や家畜としての扱いが強い

   時代だったと言える。

   ペットとして犬を飼う文化が

   定着するのは奈良~平安時代以降

   貴族社会になってからとなる🐶✧

 

なんだってぇー~👀!!

あぁ~~っ!!!今の時代に生まれて

良かった~✌✌✌

って3人(頭)でしみじみと頷き合ったよ

日本では米が主食だけど...

その稲作文化によって

人間としての生活が急激に発展した面と

領地などを巡って争うようになった面が

あるようだね👀!

僕ら犬族にとっては縄文時代の方が

生き安かったのかなぁ~と・・・

 

今日のライドは

完全に歴史探訪にハマってるね~

次は~宝達志水町に入って...🚵

古墳遺跡だよぉー

羽咋市街を抜け

田園風景のど真ん中を

子浦川に沿って旧志雄町へ

子浦の街中を過ぎて

しばらく行くと

散田金谷古墳の看板発見👀!

今まで気が付かなかったけど...

この辺りって名所旧跡遺跡が多いんだね

こうして~ゆっくりとポタってみると

実感できるよ(^_-)

 

到着~❣

   国の史跡

   6世紀後半(古墳時代後期)の大型円墳

   直径約20m、高さ約4.7mの墳丘

   内部の大型の横穴式石室と石棺が特徴

   石室は全長約9.85m、凝灰岩で作られ

   た格調高い家形石棺が保存されている

   能登南部の有力首長の墓と考えらる

   北陸の古墳文化を知る上で

   欠かせない遺跡の一つ☝

古墳時代の有力者ってどんな人

だったんだろう~💪

古墳の周りがきれいに整備された公園

になってるよ~昼ちょっと前だけど

お腹減ったんで...ランチタイム❣❣

朝食のご飯を多めに炊いたんで

おにぎり🍙にして持って来たんだ~🥢

〘うまい‼これどこの米?〙

「ここ宝達志水町産のコシヒカリだよ🍙」

〘まじ?!どおりでうまいわけや~〙

『まさしく地産地消ね🐾』

〘ここに伝手でもあるんか?〙

「農家の知り合いが居て...

 毎年秋に新米を頂いてるんだよ👌」

『あら👀!そうだったんだぁ~👍』

〘いいねいいね~おっそわけ待ってるぜ〙

「オッケー👌」

 

お腹も満たされたし...

これから能登で一番高い山☝宝達山

の北麓にある

宝達金山中尾平抗跡✨

へーー~行くぞーっ🚵)))彡

標高差約600mの上りだーっ💦

 ☆宝達山☆

  高さ637m

  石川県では珍しい花崗岩が散在する

  地質で結晶質石灰岩の層も貫入して

  いるそうだ~👀

  それで..金・蛍石・月長石・石灰

  などが採掘されていたらしい✨

  それが名前の由来になったようです

 

ここから金鉱山跡までは16㎞

標高540mまで~くねくねした林道を

ひたすら上っていくという行程だ!💦

平均勾配は3.5%くらい

新宮川に沿って遡上し、新宮ダムを経て

原の集落へ~ここより奥に人家は無い!

さらにクネクネ林道を進み標高462.5m

のピーク直下をトラバースして

しばらく平行道になってる~

平行道から下りに入る手前から左折↰

目的地まで約1,000m標高差100m

つまり!👀10%の激坂だ!!!💦

ヘアピンカーブの連続だぁー💦

一つ二つ・・・・・七つ目のカーブ

に看板発見!中尾平抗跡って書いてある!

「ついたーーっ!!✌」

〘いやぁー~!結構きつかったー~👀💦〙

『上り応えあったわねぇー💦』

「いやぁ~草が生い茂ってるねぇ~」

〘遊歩道が整備されてたみたいだけど..〙

『掻き分けて行くしかなさあそうねぇ~』

熊とダニと蜂に気を付けながら.....

ぼくが先頭ですすんだよ~

手すりと階段が整備されてるようだ

山の斜面に穴が!

ここか~~っ👀

江戸時代に手掘りで掘った採掘抗~

凄い重労働だったんだろうなぁ

高い土木技術を持った衆が居たんだね🔨

江戸時代の精錬法は

採掘した金鉱石を石臼で引いて

細かくしたあと火にくべて

金を分離させ、融けた金を板状の

型に流し込んで大判小判みたいに

成形して出荷してたらしいよ💰

加賀百万石前田家の財政運営の一助に

なってたんだろうなぁ💪

と...隆盛の時を偲びながら

金山抗跡をあとにしたよ~

あと標高100mを上って

宝達山山頂を目指そう!!

宝に達する山✨気に入った~ワン❣🐶

          by クゥ

 

※お願い

 この旅物語の筆者は犬(私の愛犬)ですが、これはフィクションであり、 物語内での設定です。物語に登場する人、犬、思考、感情、行動、言語表現などは すべて架空のものであり、実際のものとは異なります。作中の地名、宿泊地、食事内容などは現実のものを 引用していますが、動物が実際に利用・食したものではありません。創作としてお楽しみください。😉

戻る